西洋音楽では、同じ音列でも主音が違えば違う表情(長調・短調)を持つ。つまり並行調ですね。
もっと言えば、主音だけでなく属音(完全5度音)も違い、それによってメロディーも変わります。
これと同じようなものが日本伝統音楽にもあるかと言えば、あります。
主音は長2度違いですが、もう一つ重要な音が共通してソです。
日本伝統音階のこの重要な音を、民族音楽学者の小泉文夫氏は核音(カクオン)と呼びました。彼によれば、日本伝統音階は2つの核音を持ちます。そのうちの一つが主音ですが、もう一つの核音をここでは核2音と呼びます。
欧米音楽にマイナーペンタトニックスケールという音階があり、この音階は民謡音階と同じ音高音でできていて、主音も同じです。なので同じスケールと思われることが多いのですが、もう一つの核音が民謡音階では4度なのに対し、和音(コード)の関係などからマイナーペンタトニックスケールでは5度が重要な音となることが多いです。これにより、これら2つの音階は表情が異なります。
以下の楽譜に主音(赤音符)、核2音(青音符)を示します。(カッコ)内は異向型の導音です。
インド音楽には基準音と言われるものがあります。この音は楽器ごとに決まっていて動くことはありません。したがって音高は相対的で旋法の考え方はありません。基準音はドローンとしてタンプーラ*1などで演奏されます。
特に北インド音楽の場合、核音の問題はより複雑になります。基準音以外に各ラーガに主要音などと訳される音(ヴァーディ)と副主要音(サムヴァーディ)があり、ラーガの性格を表します。この音は核音的な場合から特徴音的な場合まで様々です。そしてその上、終止音(ニャーサ)がある物もあってラーガの性質をより鮮明にしています。
基準音を別にすればヴァーディ、サムヴァーディがより重要ですが、これらの音は多くの場合4度か5度の関係になっています。
日本伝統音階と同じ音列を持つラーガについてですが、私が調べられた限りでは、日本の核音とインドの主要音はあまり一致していません。それでもより近いものを挙げてみます。
●民謡音階ー主音:完全1度 核2音:完全4度
Raga DhaniKouns(Malavika)ー主要音:完全4度 副主要音:完全1度
●琉球音階ー主音:完全1度 核2音:完全4度
音列としてはRaga Jogwantiが琉球に近いけれども主要音が明確にわからなかった。また、Vyjayantiというラーガ は5度音を基準音と考えると主要音が完全5度、副主要音が完全1度、本来の基準音が完全4度となり、琉球音階に近いと考えられます。*2
Raga Vyjayanti
●律音階ー主音:完全1度 核2音:完全5度
Raga Durgaー主要音:完全4度 副主要音:完全1度
●都節音階ー主音:完全1度 核2音:完全5度
Raga Gunkali(Gunakree)ー主要音:短6度 副主要音:短2度
Lilavatiというラーガは5度音を基準音と考えると主要音が完全5度、副主要音が完全1度となり、都節音階に近いと考えられます。
Raga Lilavati
特に琉球音階と都節音階、Raga TilangとRaga Gunkaliでは主要音、副主要音に対して短2度の関係であることが興味深いです。*3
音階とは離れますが、実際の音楽では歌い回しが大きく音楽の印象を変えます。元々日本伝統音楽とインド音楽では共にメリスマ(日本で言うこぶし)が多く、装飾音の付け方にも共通する所が多いものの、インド音楽では極度に遅い音程変化など、バリエーションが特に豊富だと感じます。これはインド音楽の特徴の一つである「フレーズ内の音程は曲線的に変化する」(ポルタメントが多用される)ことと相まって、独特の雰囲気を醸し出します。これによって同じ音階であっても違った印象を受けるのです。この顕著な例は北インド古典音楽のアーラープという曲頭の部分で聴くことができます。