外縁の響

音楽のガイエン、そしてゲエンとしての響

インドの旋律とエスラジの奏法研究1-伝統的な奏法

ここではインド音楽特有の旋律の音程変化から考えていきますが、演奏のために包括的にその特徴を考察するもので、個別のラーガについてはほぼ言及しません。

インドの旋律の特徴

インドの音楽は声楽(歌)が基本になっています。ですから器楽であってもそれに倣う形で演奏されます。

それで多くの場合基本的に旋律は曲線のように音程が変化します。つまりある音高と次の音高は滑らかに繋げられます。これはいわゆるメロディーでも装飾音形でも言えることです(例えばガマクなど)。

もちろんこれを一定の速度で変化させればどの音高を表そうとしているかが不明瞭になるので、変化のスピード、滞留時間、リズム、強弱などによって目的の音高とその変化(=旋律)を表します。特にエスラジのような擦弦楽器では時間的に発音点がはっきりしないためこの問題は重要です。また逆に急速に音高が変化すれば明確さが増しますがインド音楽特有の表現とは離れます。

この奏法は大雑把に言っていわゆるポルタメント奏法と言えるわけですが、大抵は西洋のそれのように単純ではありません。インド音楽では色々な音程変化があるのですが、例えばドレミ(サレガ)を線で表すと下の図のようになることが多いです。

インド音楽の音程変化

音形が逆に下がってくる場合、例えばガレサのような場合は線も上下が逆の形になります。

インド音楽の音程変化2

インド音楽の奏法

繋がった音程変化を表すのにエスラジでは一本の指しか必要ではありません。伝統的なエスラジ奏法では実際そのとおりで、おもに人差し指だけで奏されます。中指(と、稀に薬指)は補助的に使われます。

しかし、明確な音程変化を表す場合や同方向に連続して音程を変化させる場合、特にそれらを急速に行う場合にはかなり難易度が上がってしまいます。各音程の間を指が移動するだけでなく、加速度のついた腕を正確なピッチで一瞬でも静止させる*1必要があるからです。エスラジの場合は比較的に弦長が長いこともあってなおさら難しいことです。

このような動きをスムーズに無理なく演奏するためには、動く→止まる→動く→止まる、ということを機械的、デジタル的に行うのではなく、円を描くイメージで手首を柔らかく使いつつ腕を動かす、という動作が必要です。この動きは速度が上がれば円は小さくなり線はより直線的になります。手首もより硬くします。

手の移動イメージ

このエスラジの基準音はDです。

一本指奏法と二本指奏法

このような人差し指のみの伝統的な奏法を、私は一本指奏法と呼んでいます。この奏法はインド音楽の旋律の表現に適していて、特にゆっくりとした演奏では難しさもありません。ですが、ある場面では前述したような難しさもあり、また聞き手がインド音楽を聞き慣れていない場合には何をやっているのか分かりにくいという面もあると思います。

私の場合過去に西洋音楽コントラバスをひいていたこともあって、人差し指と中指を交互に使うことをエスラジを習う当初から考えていました。先生にそのような演奏法がインドにあるかと伺った際には「ないこともない」というようなお答えでした。

それでこのやり方を二本指奏法と考え、自分で実験をしてみることにしました。つまり一本指奏法に加えて二本指奏法も練習することにしたのでした。

私としてはこの実験はある程度成功したと考えています。だからこそブログに書く意味もあると思ったわけですが、このようなことをせずに伝統的な奏法だけをひたすら修練していれば、20年以上たった今頃は大名人になっていた可能性もなくはなかった?かもしれません。

結局はその人自身が「どのような音楽をやりたいのか」によって、この奏法の有用性は変わってくるでしょう。

 

    →インドの旋律とエスラジの奏法研究2-二本指奏法

*1:「一瞬の静止」とは音程の曲線の頂点である場合も含みます。

曲線の頂点